林釺 / りんせん
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林釺は、字を実甫といい、龍溪の人である。明代の政治家であり探花。金門に生まれ、万暦44年(1616年)に進士一甲第三名に及第し、翰林院編修を授けられた。その後、国子監司業、さらに国子監祭酒へ昇進したが、魏忠賢の怒りに触れて左遷された。崇禎元年(1628年)に旧職で再起用され、礼部侍郎兼翰林院侍読学士に昇進した。崇禎5年(1632年)には東閣大学士となって内閣入りし、崇禎9年(1636年)に死去、諡は文穆であった。