吳鼒 / ごし
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吳鼒は、字を及之、一字を山尊、号を抑庵、また南禺山樵と称し、晩年には達園と号した。安徽省全椒の出身。清代嘉慶4年(1799年)の進士であり、侍講学士を務めた。書に巧みで絵画にも優れ、駢体文を得意とした。著作には『夕葵書屋集』『清画家詩史』『墨林今話』『畊硯田斎筆記』などがあり、後世に伝わっている。
吳鼒は、字を及之、一字を山尊、号を抑庵、また南禺山樵と称し、晩年には達園と号した。安徽省全椒の出身。清代嘉慶4年(1799年)の進士であり、侍講学士を務めた。書に巧みで絵画にも優れ、駢体文を得意とした。著作には『夕葵書屋集』『清画家詩史』『墨林今話』『畊硯田斎筆記』などがあり、後世に伝わっている。
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