金礼瀛 / きん れいえい
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金礼瀛は、字を雲門、号を五雲・東橋・雲門女史などと称した、清代の女性書画家。山陰(現在の浙江省紹興市)の人で、晩年は銭塘(現在の杭州市)に居住した。嘉興の文人・王曇(仲瞿)の後妻となった。幼い頃から書画に親しみ、夫婦で詩文・書・画について論じ合い、その志趣は高邁であった。山水の佳景を好み、呉越の幽勝の地を夫と舟や車をともにしてほぼ隈なく探訪したため、その絵画には実際の遊覧から得たものが多かった。絵を描いて生計を立て、依頼する者が後を絶たず、画技はますます精妙となった。人物・仕女、界画による楼閣、山水・花卉など、あらゆる画題において自らの心に従って自在に描いた。特に仏画を得意とし、荘厳かつ美麗で、かつて自ら観音菩薩の円通二十五像を描いた。梅の画にも優れていた。書法は晋・唐の書風を学び、漢隷にも精通した。詩には清らかで霊妙、かつ哀婉な趣が多く見られる。「嘉道第一女画家」と称された。