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井上有一 ( 1916 - 1985 )
会員限定
墨、唐紙 掛軸 1973年
サイン。
CR73081
海上雅臣印付きシール。
来歴:大阪某画廊
出版:「井上有一全書業Vol.2」P.352、CR73081、UNAC TOKYO
展覧会:愛らしい小品展(東京/ウナックサロン)1994年
襤褸(ぼろ・らんる)の意味:
元々、昔は非常に寒く豪雪でも知られる東北・北陸地方などでは、その寒さに耐える主な防寒具は着物などの衣類だけであった。
そのため、彼らは同じものを毎日のように着続けた。すると、どうしても肘や裾の部分が擦り切れ、破れてしまう。極寒の中で生活する上で、穴が空いた衣類を着ていては寒さに耐えきれなくなるため、麻布やボロ切れ、古い布団などをツギハギして縫い合わせることで、古くなった服を補強してきた。(当時は綿が貴重品とされていたため、布団の中の詰め物としては麻クズや古い仕事着などが詰められることが多かったという)
さらに、彼らはそれを自分だけでなく、次の世代、またその次の世代へと受け継ぎ、それが現代にまで残っているのである。これが襤褸と呼ばれるものの始まりであった。現在は「ぼろぼろ」や「ぼろ儲け」などとして使われることが多い。
井上有一、1916年東京生まれ、20世紀後半の日本を代表する芸術家である。彼は、丸坊主で巨大な筆を振りかざし、墨を飛び散らせ、地面に這い、転がり、まるで周りに誰もいないかのように作品を作り上げる、荒々しく自由奔放な人物としてよく知られている。「昼間は普通の学校教師、家では前衛芸術家」と、彼を知る人々は彼を評した。日本が高度経済成長に酔いしれる中、彼は無名のまま、しかし着実で純粋な生き方を貫き、やがて日本を代表する芸術家として、自らを研鑽し、世界の美術史に足跡を残す存在となった。
20.1×32.2cm
(7 ⁹/₁₀ × 12 ²/₃ in.)
2025/04/19
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