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名和晃平 ( 1975 - )
会員限定
絵具、キャンバス パネル 2013年
SANDWICH Inc.発行本人サイン付き証明書。
来歴:関西、個人コレクション
《Direction》は、名和晃平が「素材・重力・時間」の関係を可視化することを試みた絵画シリーズである。本シリーズでは、顔料を含んだ墨が画布の上端からゆっくりと滴下し、絵画の最も根源的な要素――点・線・面――が生成されていく過程そのものが作品となる。制作時、画布は壁に垂直に設置されるが、およそ15度ほど傾けられている。この微妙な角度が墨の流れに均一性をもたらす一方で、わずかな予測不可能性も付与している。
使用される墨は、顔料濃度や動的粘度が精緻に調整され、重力の影響下で緩やかかつ一定方向に流れるよう設計されている。墨は画布の繊維を通過しながら滲み、拡散し、滴り落ち、時間の経過とともに顔料粒子が堆積し、重力に従う軌跡を描き出す。現れる筆致は作家の直接的な手の動きではなく、むしろ物質の性質と環境条件が生み出した「痕跡」である。
墨の下降速度、乾燥に要する時間、傾斜の角度、周囲の空間環境といった要素もまた作品に組み込まれている。画面に刻まれた垂直線や滲痕を通じ、観者は本来目に見えない重力の存在を直感的に感じ取ることができる。本シリーズは、作家の意志や伝統的な構図を超え、自然法則と物質のふるまいを直接可視化する試みと言える。
名和にとって《Direction》は、作家が積極的に形を描くことではなく、物質が自律的に生み出す形態を受け入れ、それを顕在化させる装置である。重力がもたらす運動と速度、顔料の重みや浸透性、画布繊維の抵抗が相互に作用し、偶然と必然が共存する繊細な表現を生み出している。完成に至るまでの時間経過そのものも含め、重力の存在を再認識させることこそが《Direction》の本質である。
したがって、《Direction》は単なる二次元作品ではなく、時間・重力・物質といった不可視の要素が絵画を形成する過程を体験させる装置であり、名和晃平が一貫して追求してきた「存在の可視化」を純粋に体現している
名和晃平、日本の彫刻家。京都を拠点に活動。感覚に接続するインターフェイスとして彫刻の「表皮」に着目し、2002年にPixcel(画素)、Cell(細胞)を表す造語「PixCell」を発表。生命と宇宙、感性とテクノロジーの関係をテーマに、重力で描くペインティング「Direction」、シリコーンオイルが空間に降り注ぐ「Force」、液面に現れる泡とグリッドの「Biomatrix」、そして泡そのものが巨大なボリュームに成長する「Foam」なども発表。2007年京都府文化賞奨励賞を受賞。 展示会:2008年「The poetry of bizarre」ミロ美術館 (バルセロナ)、2018年 ルーブル美術館(フランス)特別展。 主な収蔵先:メトロポリタン美術館。
250.0×150.0cm
(98 ⅜ × 59 in.)(M200)
2025/10/23
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