1841
今井俊満 ( 1928 - 2002 )
会員限定
エナメル、キャンバス 額装 1973年
サイン、制作年。
裏にタイトル、制作年、「Tokyo」、サイン。
来歴:東京、たけだ美術
今井俊満は京都に生まれ、東京藝術大学で学んだ。初期の作品には野獣派の影響が見られ、1952年には第15回新制作協会展で新作家賞を受賞した。同年、パリへ渡り、中世史と哲学を学んだ。1955年、批評家ミシェル・タピエの影響を受け、作風を抽象へと転換した。1953年にはサンパウロ・ビエンナーレに出品し、1956年には日本でグループ展を開催、1960年にはヴェネツィア・ビエンナーレに参加した。1962年には第5回東京国際現代美術展で優秀賞を受賞した。1970年以降は、文字や日本文化の要素を作品に取り入れ、やがて日本の中国侵略や第二次世界大戦を主題とする作品にも取り組んだ。
主な収蔵先:大原美術館、大阪国立国際美術館、東京国立近代美術館。
第二次世界大戦後、主にフランスを中心に展開した芸術運動が、批評家ミシェル・タピエによって推進された。戦時下の不安を反映したジャン・フォートリエ、ジャン・デュビュッフェ、ヴォルスらの作品に触発されたタピエは、1951年、ニナ・ドーセット画廊で「激情の対決(Battle of Passions)」展を企画した。その後、「アンフォルメルの意味(What Informel Means)」展を開催し、著書『もう一つの芸術(Un Art Autre)』を通じて、非定形の形態による叙情的な抽象表現を、アンフォルメル(「無定形の芸術」)として定義した。構成主義などの幾何学的抽象が「冷たい抽象」と呼ばれたのに対し、アンフォルメルはその情動的な強度から、しばしば「熱い抽象」と称された。
フランスで当時広まっていた実存主義とも密接に結びついたアンフォルメルには、アンリ・ミショー、ジョルジュ・マチュー、ピエール・スーラージュ、ハンス・ハルトゥングのほか、日本出身の堂本尚郎や今井俊満らが含まれる。日本では、1956年に日本橋髙島屋で開催された「世界・今日の美術(World: Today's Art)」展を通じて紹介され、翌年、タピエとマチューの来日を契機に勢いを増した。タピエが積極的に普及に努める一方、マチューが浴衣姿で公開制作を行ったことも大きな注目を集めた。こうした活動は日本における「アンフォルメル旋風」を巻き起こし、とりわけ具体美術協会の作家たちに、絵画表現への関心を強く促すこととなった。
129.3×96.0cm
(50 ⅞ × 37 ¾ in.)
2026/10/21
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